Amazonのレビューを読むのが好きだ
高校生の頃、Amazonのレビューばかり読んでいた。
昔はAmazonでコンビニ決済ができることを知らず、クレジットカードを持っていなければポチれないとばかり思いこんでいた。だからお小遣いも多少もらえてたけどA
mazonの使い方が分からなかった僕はずっとAmazonのレビューを読んでいた。
Amazonの商品レビューを読んで、実際には見たこともない本やゲームの内容を想像して楽しむという遊びを高校時代によくやっていた。田舎なのでゲームショップもCDショップも無く娯楽施設に乏しい僕の町に無い物を想像し、その感想からその商品のすばらしさを想像した。
賛否両論の商品の意見を眺めて中立な意見なんて存在しないなと考えたり、胡散臭いレビューばかりつけられている商品がなんとなく分かるなどの使わないスキルも身に着けることが出来た。
またこのころのケータイで見るAmazonは商品が追加されている他人のほしいものリストを見ることが出来た。これも面白くて、ゲーム好きな人間が傑作ゲーム選などをまとめたほしいものリストを公開していたり、面白い本のリストを集めていたのを参考にしたりした。他人のほしいものリストをのぞいていると、他人の欲望や趣味趣向をのぞき見しているようで楽しかった。
何でそんなことしてたの?
傍から見るとなんでそんなことをしているのか全く理解できないと思うが、この行為がこのころの僕にとっては数少ない娯楽だった。
当時僕は成績悪化のため、家族用PCの使用を禁止されてケータイでしかインターネットをすることが出来なかった。
動画サイトも当時はニコニコ動画をケータイで見ることができたが、回線が重く思うように動画をストリーミングすることが出来ず時間がかかっていた。
なのでテキスト中心の娯楽文化にべったりと触れることが多くなった。ネギまのエロパレスレやSSにハマっていたいたのもこのころだ。
また僕はいわゆる田舎のベッドタウンと形容されるところに住んでいて都会に出る機会は全然あったんだけど、限りあるお小遣いを電車代に使って都会をぶらぶらするようなことはしなかった。そんなことをするよりAmazonを見て面白そうな商品を探したほうが労力の無駄が発生しにくいからだ。
このころの僕は高校でトラブルから自己不振を起こして引きこもり気味になってしまっていて、家の外に出ずやることといえばインターネットだけだったのというのも、もちろんありますが……
こうした背景があって僕はAmazonのレビュをばかり読んで青春を過ごす高校生となった。今から思えば業者とか見分ける術は多少なりとも身についたと思うし、大学生になってコンビニ払いを知った僕はAmazonを利用するようになったので、まぁ時間の無駄というわけでもなかったのかなと思ったりしている。
もちろんその時間を受験勉強に使ったり、実際に商品の購入してそのゲームなり本なりを楽しんだ方がはるかに有意義だったのは言うまでもないけど……
ところでこれは僕のほしいものリストです、お願いします